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週末旅行から昨日の夜遅く戻ってきた。
にゃんこを連れての旅は思ったより大変。けど、密かに思ってたこの夏の野望が実現できたので、満足感と達成感はあるけれど、なんだかとっても悲しい気分になった電車での帰り道。
なんでかは実はよくわかってる。こんな野望ができたのはワンコご主人の影響で、本当はワンコご主人と一緒にワンコとニャンコを連れて海を観に行きたかったのだ。
結果的にプログラマ君が提案してくれたから実現できたから、彼には感謝しているけれど、この旅を終えてプログラマ君とは終わりの雰囲気が漂ってきたのを感じた。プログラマ君はぼくの行動に同意の上で友達以上関係を付き合ってくれた分けなんだけども、プログラマ君はぼくからもっとなにかをほしがり続ける。それには応えられないけれど、友達としてたのしもうとしたり、もっとプログラマ君を別の視点から好きになってみようとしているぼくの行動は、彼には冷たく接しているようにしか感じられないかったようだし、実際にぼくは彼から直接何かを学び取れることはなかった。
学べたことはたくさんある。けれど、それは彼を通して体験する恋心のない友達以上関係というのがどんなものかっていうのであって、別にプログラマ君でなくても良かったのだ。うん、すごくひどいことをしていると思う。それもあって、帰り道すごく悲しい気分になったんだとも思う。
でも、人はそう簡単には変わらない。プログラマ君はぼくに変化を求めた。でも、人っていうのは、誰かが変えたくても変わらない。自分から必死に変わりたいと思わないと変われない。変わりたいと思っても変われない部分もあるし。
理解するというのも同じな気がしている。人に教えてもらって気づくこともたくさんあるのは確かだけれど、自分から納得して理解出来ることこそが、本当の知識として、または経験として成長する糧になる。
それと、自分の思ったことを人に理解してもらうためには、それなりに骨が折れる。ヒントだけを与えて、あとはそのヒントをどう相手が解釈するかによって、その人と今後やっていけるかどうかもある気がする。そこには、相手に対しての興味の度合いも関係してくるけれど、それこそが相手を想っていることに繋がるんじゃないかと思う。
ま、そういう感じで、なんだか楽しい感じだったんだけど、変人好みのぼくはイバラの道を行くしかないのだね。というワケで、もっと一人の時間を大事にしないとなと痛感する今日この頃。最近もやもやしてるせいで、なにか集中力に欠けて困ったちゃんなので、これを機に、もっともっと真面目に自分と向き合うことにしないとね。
そう、やることは山積みなのである…。
ワンコご主人と知り合って以来、良くも悪くもなったと思うけれど、何度も思うのは、本当にこの人は今のぼくにとっては必要な存在だということ。(変化させてくれるという部分で)プログラマ君との経験を踏まえて新たに分かった事実は、プログラマ君はぼくを変える力を持ってなかったということ。きっと誰か他の人にその力は発揮されるべきなんだろうね。
プログラマ君が年下っていうのもあったのかもしれないけど、なんというかぼくはすごく退屈になってきてたのも事実。彼はカナダ人で仏語圏のカナダ人だからご先祖はフランス人なのかもしれないけれど、ちょっと堅苦しいところがあって(別に仏人が堅苦しいっていう意味ではない)、ここはフランスなんだからこうでなきゃいけないとか、多くの仏人がそうであるようにどこかの街に行ったらそこにある美術館に行くとか、自分はこうされるのが嫌いだとか、そういうのが目にとまるようになってしまった。とても自由度が制限されている感じがして窮屈。(ワンコご主人に対してぼくはこれとまるっきり反対を感じた。なんて自由なんだろう?!こんな自由でいいんだ?!とね。)
だからぼくは何度も聞いた、ぼくのどこがいいの?って。自分では考えもつかない事ばかりな発想なのがいいって言い続けてたけど、その割にはぼくを窮屈なカゴに閉じ込める感じの……なんていうか、支配欲みたいのがあったんだよね…。
美術に興味があるから、そっち方面にいるぼくに興味を感じたのかもしれないけれど、彼は芸術品を愛でるのが好みであって、芸術そのものには興味がない感じなのもちょっとチグハグに思えた。
芸術は人それぞれに感性によるものだけど、言葉では伝えきれない何かがあるから芸術は生まれる。そこには伝えたい何かが込められて時間を超えて体験する事ができるのが芸術だと思う。だから、ぼくは古い教会とか古い絵の方が観ていて、体感していて楽しめる場合が多い。あとは雄大な景色を眺める時。そこには時間を超えてはるか昔からいろんな人に与えた感動を瞬時にして味わう事ができるから。
そういう美しさはものに固執しない。だからよくある観光客目当てで売ってる絵とか、ぼくはまったく興味がないんだけど、プログラマ君は目の前にある夕陽よりもそういう絵、目の前に見える景色より、iPadで読む今日の世界のニュースが現実の世界であるのだ。
ぼくはほとんど世界情勢がどうのとか、ほんのちょっとしか知らないけれど、それよりも目の前にある景色がぼくにとっての世界であり、それを魅入って美しく感じる事の方がいくぶん大事に思うんだけど……。だって、世界は変わって欲しくっても変わらないし、変わらないでどんどん進む。だったら自分の手に入る範囲で観える景色の変化を眺める事のがよっぽどよくないかな……。
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今週末は八月半ば。パリ人のほとんどはどこかで夏休み中。街は観光旅行客だらけだ。
ワンコご主人も、プログラマ君も出かけてるので、静かな週末をダイナと過ごす。
プログラマ君はちょくちょくメッセージを送ってくる。ワンコご主人はまたしても音信不通。笑
音信不通なのにインスタグラムに写真はアップしてくる。自分でも親ですらオレの事分からないんだっていうくらいの変人なので、もう十分その変っぷりが分かったぼくは、もうどーんと大らかにしていてあげる事にした。とりあえず彼は自分の人生を楽しんでいるのだ。楽しんでいるのにぐずぐずいうのはもってのほか。温かい目で見守ってあげるのがなんだか彼にとって必要なんではないかと思えてきたんだよね。すごく自分勝手で、自分優先だけど、人ってそれでいいんじゃないかって思う。もちろん、人を思いやるというのは大事だけれど、そればっかりしていては、自分の人生本末転倒である。幸せの形は人ぞれぞれ、自分がこういうのが幸せだと思っても、他の人にはそうではないというのを尊重しあってこその幸せというのが成り立つ。
そんなこんなで、プログラマ君とは先週末映画に行ったり、彼の家にご招待して夕食をもてなしてくれたりと、とっても普通な恋人みたいな週末をすごしましたとさ。今週末は友達の田舎の家に行くとの事だったので、出発前の日の夜なんて、うちに泊まりに来ない?とか行ってくるし…。いやー、一二週間に一度会おうって事だし、その次の週末一緒に旅行行くし、ぼくやる事あるし行かないよと断ったら、週末出かける前に会えたらいいなって思ったんだけどって言われて、なんつーか、考えちゃうぼくである…。
そしてここにきて、ワンコご主人の思考回路がすごくクリアにわかってきたのもある。実はぼく的にはお泊りはいやなんだよね。お泊まりしちゃうとその次の日も一緒っていう公式が成り立つ。けど、できれば次の日はフルで使いたいから(いや、もちろん次の日も一緒にいても楽しいけどね)好みとしてはお互いの家に帰るのがいいなと思ってる。
プログラマ君がぼくに興味があって、もっとぼくに好きになってもらいたいんだろうなっていうのは感じ取れる。ホント、多分ぼくにとってのワンコご主人的存在が彼にとってはぼくなんだろうなって感じがする。あ、この人変わってる、思考回路が違う、面白いな、そんな感じ。
ぼくにとってのワンコご主人は、それよりもうちょい飛躍している。この人の見るヴィジョンは美しいな、この人はたくさんぼくに美しいヴィジョンを見せてくれる、感じさせてくれる。それと何より大きいのは、この人のおかげで、今まで踏み出せなかった一歩を踏み出しているからなのだ。そう、この人はいいのか悪いのかわからないけれど、確実にぼくの人生を変えていっている。
自分が変わりたいって思っているときに、そうやって変えてくれるものっていうのは、旅をするか誰かに出会うか、それ以外ぼくは知らない。本とかもそうかもしれないけれど、それだって誰かに書かれたものだから、やっぱり人によって人は変われることが多いんだと思う。
それと、これは大それたことだと思うけれど、ぼくはワンコご主人の変化を見届けたいって気持ちもあるんだよね。彼も変わりたいんだって言ってたから。特に独り身であれば、自分以外の事で仕事しなくちゃいけないわけじゃないから、できれば自分のしたい事をしていきていきたいって思うんじゃないかな。それが出来たら、すごくいいと思うし、その先に何があるのか、それも知りたい。
ま、ぼくもそういうのがあって、今の先に何があるのか、わくわくしたいから変わりたいんだよね。
けどね……、ちょっと最近心が痛むのは、ぼくがこんな風に友達以上友達と付き合っている事によって、それをいい事と思ってくれない友達がいるんだよね…。けど、ぼくも以前はそういうのがきっと理解できない人だったけど、これはこれでありだと分かってしまうと、どうして理解してもらえないのかっていうのがわからなくなる。いや、わからなくなくもないけど、なんというか、もっとなんでもありな自由な世界を分かってもらいたいなーって気分になってくる。
要するに友達だって言っていれば問題ないんだけど、親しい友達だからこそいろいろぶっちゃけて話してるんだけど、それを嫌悪されても仕方ないのかもしれないけど……、別に結婚を約束するとかじゃない関係なら、なんでもありでいいのではないかな?って思うんだよね。しかもお互い合意の上で、隠し事はなしの関係だからね。
いや、きっとぼくが変だと思う。変人だから。けどま、白黒はっきりさせたいのはわかるけれど、世の中のほとんどは灰色なんだよなぁと、それであいまいなまま、うまく回っているんだと、そう思う。
足りない部分は何かで補うのがいいのだとしたら、そんな感じなんだな、今の状態は、と、そう感じる今日この頃。




最近は人間関係日記になってきてるんだけど、言葉にしとくとはっきりするとかあるので、もやもやするのは書いとくもんだね。というか、全然げぇむしてないからね…。映画も追いつかないし。とはいいつつ、プログラマのカナダ人君と明日映画に行くことになってる。ぼくの映画の趣味はかなり男子な感じなので、映画友達が増えるのは嬉しい。大がかりな映画は一人で見るより誰かと行く方がその後楽しいからね。とはいいつつ、ワンコご主人とは大失敗に終わったからなんとも言えないが…。で、結局Dunkirk以降お互い忙しくて会えないまま、今週末はイギリス出張に行ってしまった。
ま、大人の友達関係なんてこんなもんでしょ。もういちいち怒ってるのは疲れたので、会えたらラッキー位に思って、会えたら楽しく過ごすってのができたら人生楽しそうだから、そうすることにした。

さて、プログラマ君は結構積極的。というか、この人と話してると(とはいっても、忙しいから先週以来全部メッセージのやりとりだけどね)いかにワンコご主人がひねくれ者なのか、身にしみてわかってくる感じ。というか、このプログラマ君があまりにも普通すぎに思えてしまって、やっぱぼくって変人にしか琴線に触れないのかなぁ?と自分の変人ぶりを鏡を見るように知らしめられてる気もしなくもない。
ワンコご主人の親愛証明みたいなのは、毎朝ではないけれども朝のメッセージ、寝る前のおやすみメッセージ、それとインスタグラムにぼくの好きそうな写真をあげておく、ここ最近非常に忙しそうだけど、たまーにチャットって感じ?
それに対してプログラマ君のわかりやすいこと…。ぼくがだいにゃんを海に連れて行くのがこの夏の目標なんだよねぇとか言ったら、アルカッソンに行ったことある?19日の週末行こうと思うんだけど、一緒にいかない?
で、あれよあれよと言う間にその週末はだいにゃんを連れて海に行くことに決定。
まだ一回しか会ったことない子と一緒に週末旅行するなんて……!と言いつつ、プログラマ君大変うれしそう。ワンコご主人のイギリス出張がギリギリまでわからなかったから、土日は一応ワンコご主人用に保管してたから、金曜(今日)の夜に映画行くのがいいなと行ったら、すでに友達と予定が入っているらしいのをずらそうとまでしてくれるぼくの優先度の高さ…。
ワンコご主人の予定がなくなったから土曜日オッケーになったよ!といっても全然怒んないし、むしろそういう感情を隠されてる方が嫌といってくれるし、土曜がオッケーになったら映画プラスで、プログラマ君の家でディナーだそうですよ。お料理してくれるんだって。笑
年下君はかわいいね。じゃ、土曜日ぼくが料理するからうちでディナーとかいいかな?って聞いてくるから、プログラマ君がそうしたいならそうするよ?って答えると、そういう返事は好きじゃないなーって返答してきたり、けど、どんなところに住んでるのかは興味あるって答えると、今散らかってるけど、来る前には片付けるから!とかいうのがなんかかわいらしい。
それに反して、ワンコご主人は、オレの家には誰にも来てもらいたくない。オレ変なんだよ。いやなんだよ、そういうの。っていう人ですからねー。笑
ま、なんかすごいギャップで、ぼくはある意味、なんか自分がワンコご主人になった気分があるんだよね。なので、あ、なるほどねー!?って感じで、どうしてワンコご主人があぁいう人なのかっていうのがわかってきてる部分があるんだ。
わかってきた分、ワンコご主人にはこのプログラマ君のことをいうべきだと思ってたんだけど、今の時点ではいうべきなのかわからなくなってきてるんだなぁ…。というのも、ワンコご主人はちょっと多重人格的にも思える部分があって、ある面ではすごくぼくに惹かれてるワンコご主人自身っていうのがいるのを見せてくれるんだけど、過去にどんな経験をしたのか知らないけれど、人に依存したくないというのが頑なにある感じ。で、それはぼくも悪くないなって思うから学んでるかな。だって、誰かに依存するってのは、別に生活安定を求める経済的なものではなくて、心の安定ってのだね。例えばその心の安定を依存していた相手が明日にでも亡くなってしまったら?っていうのです。
立ち直れなくなるんではなく、元から依存していなければそれもないってことかなぁ…。だから、執着せずに、一緒に時間を過ごせることができたらそれを目一杯楽しむっていうのが一番理想的だと思った。
一緒に時間を過ごせないときは、自分のことしてればいいだけだからね。
恋愛感情は煩わしい、よくわかった、だって相手のことばっかり考えちゃうからね。その時間は会ったときに最大限有効活用するようにして、それ以外はだいにゃんのことだけかんがえてればいいってことです。
ま、とりあえず心の隙間はプログラマ君みたいな人がいると、喪黒福造に狙われないので安心です。プログラマ君みたいな人は珍しいのかどうかわからないけど、何事も隠さずそれでいいっていう何でも話せたりできる友達がいるのはいいことだね。っていうか、まだ一回しかあったことないんだけどね……。
けどさ!それなのに、なんかお互い話してて楽しいっていうのはあんまり知り合った時間とか考えなくていいってことかもね。話せる人は話せるってことで、深く考えないでおこう…。






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