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先日旅先で両親に久しぶりに会ったのだけど、家族旅行とか、日本に帰る時はそれなりにちょっといつもの旅行とは違う心構えみたいのがある。大体家族が久しぶりに集まって、和やかにコトが進むはずがないのだ。家族で心からみんなで団らんする為には、それなりに会話というのが必要で、他人じゃない分気をつかいながら言いたい事ははっきり述べあうというのは、結構なenergyを必要とする。だけど、そういうのをしないといけないのもまた、家族なんだなぁと思う。
これといって何が問題で、何が不満なのかを問いただしてみた所で、言わなくても解ってる事なのに…という結論になるんだけど、それを敢えて言葉で伝えあうというのが団らんへの鍵なのでは?と、思う。
さて、世の中には、言葉で伝えあえない家族もいる。残念ながら、aliceはにゃんこ語があんまり解らない。けど、きっと解った所で彼らにゃんこは限りなくエレガントであるから、無様な一面をaliceに見せるはずもないんだけどね。
シチリアにいっている間、にゃんこその2の様子がおかしくなったらしい。一応留守番にウサギさんがいたんだけど、ウサギさんも忙しくしてて家には寝に帰っていただけみたいな状況で、単に淋しかったんだよ?と思っていたのだけど、にゃんこその2の食欲は戻らず、日に日に痩せ衰えていく一方…。朝からステーキ焼いてあげて細かく切ってあげても食べない。これは重症だと判断したドラゴンとaliceで病院に連れて行った。幸い同じ通りに獣医さんがいたので良かった。(15年間ほとんど家から出た事ないにゃんこだから、外に出ただけでpanicっぽかったの)
獣医さんに症状を話して診断してもらった所、「お腹にシコリがある。きっとこれはガンです。」とイキナリすごいコトに…。レントゲンで確認したらますます決定的に……。腎臓ガン。もう腎臓はほとんど機能してなくて、重症です、と言われてしまった。奇跡はあり得ないので、このまま安楽死させてあげますか?とまで言われた。
さて、ここで安楽死について考えてみた。身近なコトじゃないとヤッパリ解らないものだね。にゃんこその2がこの先ガンで苦しむのを観るのがイヤなら、安楽死させてあげた方がいいのでは?というのは、人間の思うトコロであって、そこににゃんこその2の意見はない。安楽死というのは、ホントに人間用なんだなぁと思う。言葉に出来なくても、にゃんこその2が死にたがっているようには観えない。辛そうにしてはいるけれど、aliceをじっと見つめてくれる。その瞳には世界が映ってて、きっとできるだけそれを感じていたいんだと思う。死んでゆくという当然の生き様を凛として受け止めているその姿は、感傷に浸って涙ぼろぼろになっちゃうaliceよりもずぅっとずっとカッコイイ。
人間よりも小さいから、進行速度がはやい。あと何日か解らないけれど、ホント、あと何日かしか生きられないのだと思う。しがらみなんていう人間臭い概念のないにゃんこたちにとって、一緒の空間に生活してたaliceがいようがいまいが、そんなに大した差はないんだろうけれど、alice家の一員として充分存在感のあるにゃんこその2が消えようとしているのは、ホントに辛い。


「なんや、命の貴さっていうんは、実体がようわからんもんやもね。そもそも、なんで尊いん?」
「一度消えちゃったら、もう元に戻らないからじゃないかな」
「そんなん、パチンコの玉かて、消えたら戻らんで」
「また、買えば良いじゃん」
「人間かて、また産めばええやん」
「人間の場合は、同じ人が出てこないもん。死んじゃった人が、もう一度生まれてくるわけじゃないでしょう?」
「そういう一回限りいうんが、尊いってこと? それだけ? うーん、なんか、ちょい違ってる気が……」




















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