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数字の世界とか文章の世界があるように、芸術の世界がある。世界観というべきか、それとも芸術的視覚?そんな風に世の中を捕らえるのが、それぞれの専門職についている人たちの住む世界ではないだろうか。
aliceは視覚でものを記憶するより音の人間。音っていうのは、形にならない分とても抽象的。aliceの記憶装置はこういう抽象的なものが結構大半を占めているようだ。だからきっと方向音痴で道に迷いやすい。それプラスaliceを取り囲む環境というのはすごく恵まれているので、aliceという個人がしっかりと認められているようなのだ。で、こんなaliceは芸術の世界に生きる人間。この世界にいると、定義もないし、文法もない。ひょっとすると最強になんでもありの世界なのかもしれない。ただし、ここには真否を問うものがない。だから自分を信じていないといけないのだ。
こういう理由を踏まえなくても、人間には感受性というものが備わっていて、それはきっと地球上の生命体の中で最も優れた機能だと、aliceは信じる。大袈裟にいえば超能力だなんて考えられるかもだけど、そんな超能力者なんてaliceにはウサンクサイ。理論的じゃないけれどね?でも、確実に全てが理論的だったら、夜空の星にロマンを感じるだろうか?いつも見慣れた景色の夕闇が美しいと感じるだろうか?
これは一重に人間の感じる心という、無機質のものには存在しないなにかが作用しているからなのだとaliceは信じたい。心でものを考えないっていうのは、脳の研究から解ってきている事だけど、それでは古くから使う心って一体何だろう?
どっちみち、aliceの寿命の終わるまでに宇宙の秘密が解明される事はない。だからaliceは自分の感受性を信じることにしているんだ。お陰でホントに変わり者扱いだけどもね。
けれど、君の目に映る世界が、aliceと同じものであると、どこの誰が証明出来るのだろう?君が考えていることをaliceが同時に感じることが不可能だって、どうして言えるのかな?
いつからだろうね?人間が魔法を忘れちゃったのは…?


この場合、本質としての謎を、誰かが現象的には正しく認識した、という解決だよ。ただし、それが表面的には現れなかっただけだ。けれど、それで十分だった。よくあることだと思う。元来、理屈ってやつは、そもそも表面に出たがらない本質を持っている。この、理屈が顕在化したがらない、という理屈自体は、多くの場合、経験的、歴史的な観察から生まれたもので、つまり理屈はないんだよ。いや、実は、その理屈も、実体は隠れているのか、それとも、理屈の定義が、そもそもの隠遁にあるのか。そう、たとえばね。真理という言葉は、必ず、内向的なイメージを伴う。ベクトルは中心、すなわち一番内部を向いている。それは、常に、深く、と形容されるだろう?深く隠れていなくちゃいけないんだ。何故か表面には、真理は決して存在しない




















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